『弁護士実務と民法入門』シリーズでは、現役弁護士が、実際の法律実務を想定しながら民法の基本をわかりやすく解説しています。
このシリーズは、通常難解とされる民法の概念を、実際の法律実務を通して学べるように構成されています。
民法は、人々の関係についての法律の基本ルールです。私たち一般の市民にとっても重要な法律ですが、特にビジネスの基本的な法律としても重要です。
民法は、私たちの日常の取引や契約、財産に関することを取り扱っています。特別な法律がない場合や基本的な法律の枠組みを考える時には、民法を参考にします。取引はゲームにたとえられることがありますが、民法はそのゲームの基本ルールを定めるものです。
日本の「民法」は、物権、契約、不法行為、親族法、相続など、広い範囲にわたって定めています。内容は抽象的で複雑な部分もありますので、原則と例外などをよく理解するために時間をかけて学ぶ必要があります。民法は私法上の権利を主に取り扱っています。
民法は民事法の基本ルールだけでなく、会社法、労働法、民事訴訟法や税法などの幅広い法律の基礎となっています。
日本最難関と言われる司法試験の業界では「民法を制する者は司法試験を制する」と言われるほど、重要とされています。
予備試験民法の対策については、下記の記事を参考にしてください。
民法は私法上の権利と義務を定める
民法が規定する権利については大きく「物権」と「債権」に分けることができます。
「物権」とは物に対する権利です。
「債権」は人と人の間で生じる権利で、債権者と債務者が関わっています。
債権は、簡単にいうと、債務者(=人)に対して何か要求をする権利です。
債権者は他の人に何かを請求できる権利を持っており、債務者はその請求に応じる義務があります。
典型的な債権にはお金の支払いを求める権利や特定の行為を要求する権利、物の引き渡し求める権利などがあります。
よく「物権」は、誰に対しても主張ができるため絶対的な権利と言われ、「債権」は、債務者という特定の人に対してしか主張できないため相対的な権利と言われます。
さらに、債権は契約によって生じる場合もありますが、契約によらずに発生することもあります。たとえば、契約に基づかない違法行為によって損害を受けた場合、その被害者は損害賠償を請求する債権を持ち、加害者は損害を賠償する債務を負います。
これは契約から権利義務が発生しているのではなく、ある事実状態から権利義務が発生しているといえます。
入門のレベルでは、契約から発生する権利義務と事実から発生する権利義務と理解してもよいかと思います。
「強行規定」と「任意規定」の関係
民法には「強行規定」と「任意規定」という2つの種類の規則があります。
「強行法規」は、強制的なもので、それに従う必要があります。もし強行法規に違反する取引をすると、その取引の正当性や効力に問題が生じます。
一方、「任意法規」は、従う必要がないルールです。民法の多くの条項は任意法規であり、当事者が法律の定めと異なる約束をしている場合、その約束が優先されます。民法では、特に契約法の分野で任意法規が多く、「契約自由の原則」があります。
もし当事者が何も約束していない場合は、任意法規が適用されます。一般的には、約束がない場合は任意法規のルールに従って権利や義務が定まります。逆に、当事者が具体的な約束をしていれば、任意法規は適用されません。
ただし、民法には一部の強行法規も含まれています。また、信義誠実の原則や公序良俗などの規範も考慮する必要があります。たとえば、不倫の契約のように公序良俗に反する約束は、どんなに契約書が作られていても無効になる場合があります。このような場合は、「契約自由の原則」に従うことはできません。
同じ法律なのに、任意規定があったり、強行規定があったりします。
これは初学者を悩ませる点でもあります。
特別法は一般法に優先する
法律の中には、民法の他にも「会社法」や「借地借家法」、「失火責任法」、「労働契約法」、「消費者契約法」といったさまざまな特別な法律があります。これらの法律も考慮しないと、実際のケースでどう適用されるのか正しくわかりません。
たくさんの法律がある場合、どの法律が優先的に適用されるか、適用されないかを見極める必要があります。
ここでは「特別法は一般法に優先する」という原則が適用されます。一般法と特別法の原則は、法律相互の適用の関係を定めるものです。
たとえば、商法は民法の特別な法律です。民法も商法も、私人間の法律関係について定めており、似たようなことを対象にしています。具体的には、売買契約に関して、民法に基本的な定めがありますが、商法では商事売買について定めています。
そのため、商人同士の取引では商法の売買の定めが適用されますが、友人や知人との取引では民法の定めが適用されます。
しかし、商人同士の取引の場合には、商法しか適用されないわけではありません。ここが法律の難しいところですが、商法(特別法)と民法(一般法)でお互いに矛盾するような定めは、商法の規程が優先しますが、商法に規定のないことは、民法の定めが優先します。
たとえば、商人間の取引で問題が起きた場合に商法に定めがなければ、一般的な民法のルールに戻って考える必要があります。
ここで、「商法」の商事売買の定めを見てみると、すべてのことについて詳しく定められているわけではありません。これは、ここの定めがないことは民法が適用されるため、民法で定められていることを商法で別途定める必要がないからです。
法律の実務でも、「特別法は一般法に優先する」という原則は非常に重要です。様々な場面で登場します。
以下で民法の関係する例をいくつかご紹介させていただきます。
民法605条と借地借家法10条
民法では、借地権を第三者に対抗するためには登記が必要であると規定されています。具体的には、民法第177条により、不動産に関する物権の取得や変更は登記しなければ第三者に対抗できないとされています。
民法177条(不動産に関する物件の変動の対抗要件)
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
また、民法第605条では、不動産の賃貸借に関しても同様の対抗力が登記によって得られることが定められています。
民法605条(不動産賃貸借の対抗力)
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。
つまり、不動産の賃貸借は、登記をしなければ、不動産について物件を取得した者その他の第三者に対抗することができません。しかし、土地の賃借権は債権であり、登記請求権は認められていません。このため、土地所有者と合意がある場合にのみ登記が可能です。
この民法の原則を貫いた場合、登記のない賃借権は法的にかなり不安定となります。
実務上も、不動産賃借権の登記がなされるケースはほぼありません。
そこで、借地借家法では、借地権(地上権や土地の賃借権)を保護しており、特に土地の賃借権に関しては、第三者に対抗するための特別な規定が設けられています。
具体的には、借地借家法第10条1項により、借地権者が土地上に所有する建物が登記されていれば、その建物の登記を通じて借地権を第三者に対抗できるとされています。
借地借家法10条1項(借地権の対抗力)
借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。
これにより、建物所有者である借地権者は、土地所有者の合意がなくても建物の登記を行うことで借地権を保護できます。
借地借家法は実務的にも非常に重要な法律です。建物の所有を目的とする土地の賃借権や建物賃貸借の事例では必ず借地借家法を確認する必要があります。
民法717条と区分所有法9条「瑕疵の推定」
民法717条といえば、民法を勉強している人であればすぐに出てくるはず。
そう、工作物責任です。
工作物責任とは、建物の設置又は保存の瑕疵で他人に損害が生じたときはまずは第一次的に建物の占有者が、被害者に損害を賠償する責任を負い、占有者に過失がないときは、二次的に所有者が過失を問わず損害を賠償する責任を負うというものです。
(民法717条1項)
土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
民法717条の場合、被害者は「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があったこと」を主張、立証する必要があります。
ところで、区分所有建物には専用部分と共用部分が存在します。専用部分に瑕疵があり損害が発生した場合には専用部分の区分所有者が、共用部分に瑕疵があった場合は、管理組合が賠償責任を負います(原則論)。
専用部分:他者を排除して独占的に使用できる各自の部屋のこと
共用部分:専用部分以外の建物の部分(マンション内の廊下、エレベーター、階段等)
しかし、マンションの専用部分か共用部分かの判断は難しいことがままあります。例えば、水漏れが発生したことは間違いないけど、配水管が専用部分なのか共用部分なのかわからないというケースです。このケースの場合、被害者がいずれであるか特定ができない故に泣き寝入りせざるを得ないのは酷でしょう。
マンションの水漏れ事故で専用部分の配管から漏れているのか、共用部分の配管から漏れているのかわからないことは実務上、結構あります。
この特別法を知らないと、非常にまずい方向の回答になってしまいますね。
そこで、区分所有法9条は、瑕疵の場所が不明であっても、その損害が建物の設置又は保存の瑕疵によることさえ立証すれば、その瑕疵は「共用部分」の設置又は保存にあると推定すると定めています。
(建物の設置又は保存の瑕疵に関する推定)
第九条 建物の設置又は保存に瑕疵があることにより他人に損害を生じたときは、その瑕疵は、共用部分の設置又は保存にあるものと推定する。
この特別法によって、被害者は、配水管が共用部分であることを立証しなくても、管理組合に損害賠償請求をすることができます。
今回は、①民法が私法上の権利「物権」「債権」と私法上の義務を定めること、②任意規定と強行規定の関係、③「特別法は一般法に優先する」という原則について、解説をさせて頂きました。
入門の知識は非常に大切ですが、何度か読み直してもらえれば十分かと思います。
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